【専攻医の視点】忙しい合間を縫ってデザインにこだわる本当の理由
学会発表の準備面倒くさいな…。
単位取れればいいから、とりあえず終わらせちゃえばいいや!

学会発表をとりあえず終わらせればいい、と思っていませんか?
専攻医の毎日は、早朝から回診やその準備、長時間におよぶ手術や病棟からのコール、溜まっていくサマリーなど、「寝る時間があるなら寝たい」というのが、多くの同世代の医師たちの本音ではないでしょうか。
そんな中、専門医取得やキャリア維持のために避けて通れないのが、「学会発表」です。
- どうせ義務なんだから、単位さえ取れればいい
- とりあえず体裁を整えて、発表を終わらせよう
- 遅くまで残って作業しても、「残業」ではなく「自己研鑽」と見做されるし、時間かけたら自由時間が減るだけ
そう考える気持ちは痛いほどわかりますし、その選択を否定するつもりは全くありません。
しかし、僕自身、現役の泌尿器科専攻医として、日々の手術や外来、病棟業務をやりながら、同時に学会発表の際には「スライドの構成」にも徹底的にこだわっています。
「忙しいのによくやるね」「そこまでやる意味ある?」と言われることもあります。
僕にとっての「デザイン」は、装飾ではなく、医師としての成長と時間を無駄にしないための「生存戦略」であり、単なる自己満足や趣味ではありません。
現役泌尿器科専攻医である僕が、忙しい日常の中で、
- なぜスライドの「デザイン」にこだわるのか
- なぜ「医療×デザイン」をテーマに発信しているのか
今回はそんな話をしたいと思います。
主に僕自身と同じ専攻医向けに記事を書いておりますが、内容は医療者の皆さんに通ずると思っていますので、ぜひ最後まで読んでいただけたら嬉しいです。

「とりあえず発表」は、あなたの時間を捨てているのと同じ
学会発表の準備には、誰であれ等しく膨大なコストがかかります。
データを集め、統計解析を行い、考察を深め、抄録を書き、スライドやポスターに落とし込む。
たとえ「Powerpointのデフォルトテンプレートに文字を流し込んだだけ」のスライドであったとしても、そこに至るまでには、仕事の合間をのって捻出した貴重な数時間、数十時間が投じられているはずです。
データ収集は本当に泣きたくなりました😭

クオリティに関わらず「コスト」は発生している
ここが重要なポイントだと思っています。
「最高にわかりやすい発表」も「とりあえず作った発表」も、費やした基礎的な時間は実はそこまで大きく変わりません。
デザイン云々の前に必要な事前準備の作業が大きいからです。

どうせ同じように時間を「消費」しなければならないのであれば、その時間から得られるリターン(成果)を最大化したほうがいいと思いませんか?
「伝わらない」が生む損失
もし、あなたが作ったスライドが文字だらけで、聴衆にとって解読困難なものだとしたらどうでしょう。
- 途中で聞くのをやめる(スマホをいじる、寝る)
- 伝えたいメッセージが誤解される
- 発表が終わった瞬間、誰の記憶からも消え去る
これでは、準備に費やしたあなたの時間は、「単位取得」以外の意味を持たず、実質的に捨てたも同然になってしまいます。
これはあまりにも「もったいない」と思うんです。
「デザイン」は装飾ではなく、成長への投資である
ここでいう「デザイン」とは、スライドを可愛く飾ったり、派手なアニメーションでカッコよく魅せることではありません。
「複雑な医療情報を、相手が最短で理解できるように整理・設計する」ことです。
詳細な説明が書かれた同意書は大切ですが、基本的には文字ばかりでイメージがつきづらいです。
一方、製薬会社が発行したイラスト付きのパンフレットは、同意書ほど詳細ではなくても、患者さんにとってはシンプルで理解しやすいのではないでしょうか。

聴衆へのGiveが、自分へのTakeになる
わかりやすいスライドを作り、論理構成をデザインすることは、聴衆の時間を奪わないための「配慮(Give)」です。
そして、その配慮は必ず自分に返ってきます。
- 「あの先生の発表、わかりやすかったな」という評価
- 内容が伝わったからこそ得られる、鋭い質問やフィードバック
- 「もっと話を聞きたい」と繋がる人脈
ただ発表をこなすだけでは得られないこれらの「反応」こそが、自分の知識を定着させ、医師としての視座を高める「成長(Take)」に繋がると考えます。
とてもわかりやすく、勉強になりました、ありがとうございます。
先生の施設では〇〇について、具体的にどんなことをしているか、参考までに教えていただくことは可能でしょうか。

実際にいただいた質問です。
興味を持ち、伝えたいことが伝わったからこそ、自分の施設にも取り入れたいと思っていただいたのではないかと思っています。
成功体験がキャリアの質を高める
「わかりやすく伝える」という行為を繰り返すことで、院内でのカンファレンスや、患者さんへの病状説明(ムンテラ)、カルテの書き方の質も自然と向上します。
「〇〇先生の説明はわかりやすい」、そう言ってもらえることは、医師としての信頼(キャリア)を築く上で、手術の手技と同じくらい強力な武器になると考えます。
読書をせずにここまで来てしまい、国語の成績も悪かった(センター模試52点/200点満点)僕でも、「わかりやすい」と言ってもらうことができるんです。

メスを置くつもりはない、臨床医だからこそデザインする
僕は、決してデザイナーに転身したいわけではありません。
これからも泌尿器科医として研鑽を積み、臨床の最前線に立ち続けたいと考えています。
だからこそ、「当事者」である僕たちがデザインスキルを持つことに意味があると思います。
臨床医×デザインの優位性
外部のプロデザイナーは、医療の現場感や、その術式の何が革新的なのかという「熱量」までは完全には理解できません。
情報の重要度(重み付け)を正しく判断し、それをデザインに落とし込めるのは、現場を知る僕たちだけです。
忙しい専攻医の生存戦略
時間は有限です。
だからこそ、僕は1つの学会発表を単なる「義務」で終わらせず、10の学びと評価を変えるために「デザイン」というレバレッジを効かせます。
少しの手間(=デザインによる情報整理)を加えるだけで、その仕事は「消費」から「資産」に変わります。
もしあなたが、「どうせやるなら、誰かの役に立ち、自分の成長にも繋がる発表がしたい」と思うなら、ぜひこのブログで発信する「伝わるための技術」を盗んでいってください。

